日本人女性が見た金日成
当時の朝鮮半島には、まだ多くの日本人が残留しており、避難民はソ連軍や朝鮮人から使役と称して強制労働を強いられていた。このころ金日成宅では2人の日本人女性が女中として働いていた。日本人の元女中の回想によると、金日成は、接収した日本人の邸宅に住んでおり、夫人とユーラ(長男。後の正日)・シューラ(次男。万一ともいう)という名の息子と一緒に住んでいた。食事方式はロシア式を採用し、朝食10時、昼食3時、夜食が9時?10時だったという。金正淑夫人も日本人女中2人に、当時の日本人避難民の平均的な食事からすれば豪華な白米や鶏肉等を食べさせていた。ただし食事以外では金家の生活程度は高くは無く、トイレはチリ紙ではなく新聞紙で用を足し、時にはボール紙で用を足してトイレを故障させてしまうこともあったという。
ある日、金日成は2人に『アカハタ』を見せ、野坂参三を立派な男だという手つきをしてみせた。2人は「ついに日本も共産党の国になってしまったのか」と悲しい表情をしてみせた。金日成は「共産党は嫌いですか?」と問うと2人がうなずいたため、驚いた表情をしたあと笑って黙っていた。それから数日後に金日成は二人にマルクスやクロポトキンの本を渡したという。このような金日成であったが、身辺は不安だったらしく自宅へ至る道の要所に警備兵がおり、門前には番兵が立っていた。また枕の下には常に護身用のピストルを潜ませていた。
このころ、金日成の弟である金英柱が自宅に出入りするようになった。ある時、2人のうちの1人の姉が朝鮮人の集団にリンチされ重傷を負った。以前、仲間が姉の訴えで共産党本部によって厳罰に処せられたとことの報復だった。このことを知った英柱は共産党本部から兵を連れ、リンチを行った朝鮮人を捕まえて痛めつけ、牢に入れた。そして、被害者に「朝鮮人民が迷惑をかけた」と謝ったという。翌日、英柱は2人に「共産党は日本の帝国主義、軍国主義に排撃するのであって日本人を憎むのではない。」と語った。その場にいた金日成は2人に共産党が好きになったかと問うと、2人は少しうなずくと「でも、天皇陛下の方が好き」と答えた。すると金兄弟は笑い出し、それ以後は2人の日本人に再教育するとは言わなくなった。その後、2人が南から日本へと帰国したいと申し出たため、金日成は南への通行証を渡し、今までの礼を述べた。最後は一家で2人を見送ったという。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
金日成の独裁体制の確立についても勉強したいです。
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